2019年11月26日

過渡期


今週は今自分自身の内側に感じている変化を書いてみようと思います。

先週、「思考が停止出来ている時間が多くなってきました。」と書きました、この思考の停止についてです。

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今年2月に、レナード・ジェイコブソン著 「今この瞬間」への旅の記事を書きましたが、その頃は思考や感情とほぼ同化して日常をおくっていました。9ヶ月たった現在、明らかに思考が停止し易くなってきている実感があります。

普段何気ない時間に、思考している事に気づけるようになってきて、気づいた瞬間に思考は沈黙。そしてまた思考のおしゃべりが始まり、そしてまた気づき、思考が沈黙。

こんな感じで、だんだん意識的に『今この瞬間』に居られるようになってきている感じです。(『今この瞬間』とは、思考が沈黙している状態。)


レナード・ジェイコブソン著 「今この瞬間」への旅のP52〜P53には、

時折、住む家(思考)を離れて「今、この瞬間」を訪れても、あなたはそこに長く留まることはできないでしょう。それはまるで、あなたに取り付けられた架空のゴムバンドがあなたを素早く「今、この瞬間」から、過去と未来のマインドの世界に引き戻すかのようです。

しかしながら、実在に深く存在し「今、この瞬間」により根をおろすにつれ、また、マインドにより意識をもたらすにつれて、ゆるやかなシフトが起こり始めます。その架空のゴムバンドが伸びて緩くなり、あなたはより多くの時間を「今、この瞬間」で過ごしているのに気づくでしょう。エゴはあなたにすぐに帰るように強要しなくなります。

マインドとエゴの、このくつろぎと降伏が警告や通達もなく一日中続くと、あなたの家はマインドの世界から実在の世界にシフトします。今やあなたの家は「今、この瞬間」にあるのです。・・・・・

このシフトが起きると、あなたは人生における重要な変容を遂げます。今やあなたは目覚めています。あなたは「今」という世界にある、あなたの本当の家にいるのです。

と、記されています。

今自分はこの本で言うところの、架空のゴムバンドが伸びて緩くなってきている状態で、思考が沈黙した「今、この瞬間」に留まっていられる時間が増えてきていて、目覚める過渡期にあるのでは。と感じています。過渡期がどれだけの期間あるかは分かりませんが...。笑

意識せずに多くの時間を思考が沈黙してる状態でいられるようになれば、一瞥体験も近いのではないかと思うのです、それが楽しみです。



さて、先々週のヨガワークスTTの様子。

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体の機能的変異や構造的変異を観察して、アーサナをとる際に的確なアドバイスをする為の練習。写真はヨガワークスのFBからお借りしています。


本気モードの目覚めへの歩みと、ヨガスクール、そして仕事。今すごく充実していて一週間が早いです。


今週の記事は以上です。

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2019年11月19日

『在る』と言う感覚


先週のつづきで、

中野真作著 「私」という夢から覚めて、わたしを生きる

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読み終わりましたので、少し書いてみようと思います。


この著者は20代前半に一瞥体験をされた方で、それからの人生の内なる探求を綴った本です。

著者の体験を踏まえて、感情の向き合い方や感情を手放し統合していく方法など、今生での解脱を目指している方はもちろん、自分の感情に振り廻されて辛い方などにおすすめできる本です。



少し自分自身の事を書いてみますと、最近、思考が停止できている時間が多くなってきており、思考が停止している時の、”ただ在る”と言う感覚が以前よりも増して感じられるようになってきました。

この”ただ在る”という感覚は、10年位前に瞑想に凝っていた頃『これか!』と感じ取ったものと同じ内なる”意識”そのものです。

それから葦原瑞穂著『黎明』に出会い、その内なる”意識”を”普遍意識”という言葉で詳細に記していて、衝撃を受けた事は今でも忘れません。


この”在る”という感覚が自分の内に存在しているのが当たり前になっていたので、この感覚をつかめている人が自分の周りにはいないという事に気づけていませんでした。

今通っているヨガスクールで、ヨガ哲学のディスカッションの時間に、この”在る”感覚を伝える事がとても難しい。

ヨガ・スートラではこの”在る”にあたるものを”見る者(プルシャ)”と言う表現で記してありますが、頭で考えてどうにかなるものでもないだけに、みんなと共有できない事を残念に感じました。

思考は通常ほとんどの時間働いている事が多く、瞑想などしてみると分かりますが、思考を止める事が難しく感じるはずでして、数秒なら簡単に思考を止める方法があり、息を吸ってから無理のない程度に呼吸を止める、というものです。

試しに家内にやってもらい、その瞬間”在る”と感じられたか尋ねても、感じ取れないみたいでして...。

”無”が”在る” とか ”空(くう)”が”在る” という感覚。
実際なかなか言葉で伝える事は難しいと分かりました。


ちなみに瞑想時、思考について良い悪いの判断せずに、ただ思考を観察していくことは思考を鎮める方法の一つですが、思考を観察しているのは”誰”か?、思考が沈黙しても尚、観察し続けているのは”誰か?と自分に問う事も内なる”意識”に気づくヒントになると言われています。



感情が湧いてきた時、その感情と同化せずに、感情を正面で受け止め、ただただ観察していく、これが感情の浄化(統合)の作業になると著書に記されていまして。

並木良和さんの統合の方法より、自分はこちらの方が向いているみたいで、最近はこの方法で感情を手放す作業をしています。

しかし冷静に感情を観察できる時と、まだまだそうできない時も多くあり、湧き起ってくる感情は自分の内にその感情がある事を教えてくれているので、その感情を正面で受け止め手放す作業を続けていきます。



今週の記事は以上です。

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2019年11月12日

「私」という夢から覚めて、わたしを生きる


今週もヨガスクール(3日目)の様子から....

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四つん這い時の背骨のニュートラルや、手でマットをしっかり踏む事による肩甲骨周りの違いを確認。

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ヨガスートラに書かれている”無知とは”とか、プルシャ(見る者)、プラクリティー(見られる者)についてみんなで深め合う時間。

写真はヨガワークスのfacebookからお借りしています。

先週はスクールが終わってからも、LINEグループでみんなとヨガスートラについて理解を深めあっていました。

ちょっと前にOUTLANDでNana先生が、「輪廻転生があると思う人」と質問した際に、クラスの半数の人が手を上げていてたのに対し、ヨガスクールの参加者は12人中11人が輪廻転生があるとの認識でした。まあヨガスートラを勉強すると必然的理解できるわけですが...。

ヨガスートラにある、サマディ(悟り、解脱、目醒め)の話をしていると、お一人、自分と同じような方がいらっしゃいまして...。
アセンションの話で盛り上がり、書籍『黎明』をお勧めしたり、青山圭秀氏の著書を教えてもらったりで。ヨガスクールに行く楽しさ倍増になりました。

なんだか引き寄せてる感、半端ないです。笑



さて、今週はもう一つ、今読み途中の『「私」とい夢から覚めて、わたしを生きる』と言う本。

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最近買う本は、サマディ(悟り、解脱、目醒め)に至る為の本ばかりになっていまして...。

ヨガスクールの宿題もやりつつ、今、真剣に取り組まなければならない課題にもしっかり向き合っているわけですが、この本からも幾つか”気づき”を頂きました。

読み終えたら、また記事にしようと思います。


今週の記事は以上です。

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2019年11月05日

ヨガ・ワークスRYT200 2日目


今週もヨガスクールの様子から...

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ワタクシ、決して悪いことをして立たされているのではありません。笑

仲間のポーズを見て、脚、腰、肩の使い方が間違っていないかの確認しあい見る目を養う練習。
先生からの指摘でタダーサナの自分の癖が分かりました。


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こちらはアド・ムカ・シバナーサナ(ダウンドック)
かかとをマットにつけようとしているので、背中が今一伸びていない、かかとをつくより背中の伸びを優先させるようにと、教わりました


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手と足の間隔をあえていつもより広めにしてのアド・ムカ・シバナーサナ(ダウンドック)。

写真はヨガ・ワークスのface bookからお借りしています。


アーサナを一つ一つ丁寧に行う事、やはり重要です。
アーサナは安全に入って、安全にぬける。と言うのがヨガワークスの指導方針。

今週の宿題の一つに、プラサーリータ・パドッタナーサナ(立位の開脚前屈)の指導台本を書く、と言うのがありまして、この指導台本にも安全にアーサナに入って、安全にぬける為の指示も盛り込む必要があります。

こうして勉強していると、自分自身のケガも少なくなると感じました。



さて今週は、前々回記事にしたヨガ・スートラの重要な箇所と同じ事が記されている書籍『黎明』の一部を抜粋してみます。


『黎明』下巻【霊的向上の方法と瞑想】の章

自分の感情の動きや思念の働きを静かに眺め、それに介入しようとはせずに、あたかも第三者が看ているかのように、自分の心が外界の様々な出来事に反応している様子を観察していきます。前途しましたように、日常生活では大抵の人が外の世界の出来事を現実と受け止め、それに主観的に関わっていますから、自分の見ている世界の出来事に「はまってしまう」習慣ができあがっています。・・・・・・外界に対する反応が止んで心は鎮まり、その透明な心を通して、真理そのもので在る普遍意識が展開するように成ります。


結局のところ、日常生活において様々な出来事により、自分自身の感情や心の変化に気づいて、それと同化せずにいること。これが重要で。何度この事をブログに書いたか分かりませんが、自分自身いまだに同化しっぱなしなわけでして.....。ただ同化してる事を捉えられるようには成ってきているので、それをすぐに手放なせるよう目下修行中です。

その次に、感情や心、思考を完全にコントロール下に置くこと。これが当面の目標です。

パタンジャリはこれらを『ヨガ』と言っている訳けでして、自分は日常においても『ヨガ』していると言いきれます。


今週の記事は以上です。

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