2015年03月24日

「黎明」を学ぶ会vol.1 A


まず、本に書かれている部分もありますが、「死」についてです。

「死」とは肉体から、幽体が離れることを言う。

現代社会は「死」についてきちんと理解できていない。
アボリジニや、ネイティブアメリカンなど自然と共に生活している人達の方が「死」について理解できている、日本などの発展国のほうが理解に乏しい。

死んだら終わりではなく、肉体から意識が離れ、死の直後は肉体に近い媒体のエーテル体に意識の主体がある。

普段私達の会話などは、物質である肉体だけがおこなっているわけではなく、肉体、エーテル体、アストラル体、メンタル体、それ以上の精妙な領域に於いても同時に波動としてやり取りしている。

死後はエーテル体に意識の主体がある為、看取っていた家族などの会話もその家族のエーテル体が波動として出しているものが伝わる事により聞くことが出来る。
死者は聞こえているのに、自分の言う事が伝わらず、戸惑う事もある。

家族などがいつまでも、亡くなった人に対して嘆き悲しんでいると、それが引力となり次の学びに行けなくなってしまい足を引張る結果になる。亡くなった人に対しては感謝の念を送ると良い。

エーテル体は肉体との結びつきが強いので次の学びへスムーズに移行する為にも、土葬より火葬のほうが良い。

お墓参りは、そこに誰かいるわけではないので、どちらでもよい、地域の風習が強くある場合などは調和を考慮しにそれに従えばよい。

エーテル体からアストラル体に意識の主体が移リ、死後の生活が始まるが、死後は想念の世界なので
自分の出した想念の環境を体験する事になる。

普段、私達が明るい想念で生活する事は死後の生活に非常に役立つ。(死後は明るい想念でいれば、自分の周りは明るい環境で満たされ、暗い想念でいるならば暗い環境を作り出す。)

よって自殺は、割りに合わない選択である事が分かる。今生の生活から楽になりたい一身で死を選択したとしても、その苦しい想念のまま死後の環境を作る結果になる。

死刑制度もまた同じ、死刑制度はその他色々な問題点がある。

image2.jpg
波動領域は区切れているのではなく、波動領域に名前を付けるとこのような感じになるという。

今回はここまで。

posted by ウーロン at 02:06| Comment(0) | 記事
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