2018年10月31日

10月31日の記事


おじいちゃんの葬儀も無事おわり、またいつもの日常へと戻りつつも実家に行けばおじいちゃんがいるような気がして.....納骨まではそんな気持ちが続くのかも知れません。


おじいちゃんには本当に色々手伝ってもらって、最初のトレーラーハウスの店舗を作る時もステンレスの内装張りとか、トレーラーハウスのロウソク球の装飾とか、外壁リフォーム時にも手伝ってもらったし、数えれば切りがない程おじいちゃいに手伝ってもらって色々作業をして来ました。

DSCF0190.jpg
中古のトラックの荷台を改造して作った厨房

DSCF0195.jpg
トラックの荷台にステンレスの内装を張って厨房に改造

DSCF0506.jpg
木目トタン板を張って外壁のリフォーム

DSCF0517.jpg
リフォーム後のトレーラーハウス店舗

P1010534.jpg
トレーラーハウス内の壁沿いに並ぶローソク球。



色々自分でやる事により沢山の事を吸収してきましたが、いつもおじいちゃんが脇にいてくれたおかげだと思っています。

小学生の頃鋸の引き方を教えてもらったのもおじいちゃんだったし、色々教えてもらったな〜。


自作で階段も作れるようになったし

P1030528.jpg
移転前の家の自作階段&テレビ台



当時の定年が50歳だったと言うのも驚きだったけど、戦争から帰って来て国鉄に就職し、国鉄で電気関係の仕事だった事で50歳定年から55歳まで電気保安協会に努めて、その後100歳までの45年間実家の仕事を手伝いながらの隠居生活、でもおじいちゃんはホント働き者で、95歳位までは家でボーっとしている姿を見た事がありませんでした。色々な事情で小さい頃から苦労していたこともあり、弱音を吐かない強い人でした。


小さい頃ヤギの乳搾りの時に甘いヤギのミルクが飲めるのが楽しみだった話とか沢でワサビを栽培していた話とか、開墾した話とか色々話してくれたけど、どの話も自分にとっては新鮮だったな〜。


90歳過ぎた頃から戦争に行った時の話をするようになって、仲間が戦死していった話や、電気の仕事中の同僚の感電死の話とかするようにもなりました。一つ違えば自分だったと...。


先日若い頃のおじいちゃんの写真が出て来て、イケメンだった事にもビックリして。笑



まあ何にしても、おじいちゃんに感謝しかないのであります。



今週の記事は以上です。

posted by ウーロン at 01:05| Comment(0) | 記事
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。