2013年06月12日

黎明「日常の生活」4

今回もまた黎明「日常の生活」の章を抜粋です。

これは霊的な知識を多く蓄えている人がよく引っ掛る罠なのですが、自分の持っている限られた知識から造り上げた判断基準に照らして、他の人達を批判すると言う誤りを犯すことが非常に多くあります。
まず第一に、自我意識の狭い視野に囚われている人間が、自分や他人に対して正しい判断をすることなどできるはずがないのですが、そのことはひとまず置いても、他の人の欠点が見えるということ自体、見る人がその幻影を作り出す波動を持っており、なおかつその欠点を許していない、つまり自分自身の迷いを相手に投影して見ており、それが真実ではないものを見ている状態であると言う事実には気付いていないわけです。
ところが他人を非難する行為はこの事実関係を覆い隠して、恰も自分が相手より勝れた存在であり、あいての欠点を正しく把握していて、しかもその欠点が自分とは無縁であるかのように自分や他人に思い込ませようとします。これは自我意識が生み出す巧妙な策略であり、霊性の向上にとって極めて有害なものですから、充分に気を付けて頂きたいと思います。
「善と悪」の章で詳しく説明しましたように、自我を見るのは自我であり、普遍意識が観るのは普遍意識ですから、相手の欠点を見たり、それについて批判している間の意識は、実在しないものに意識の焦点を合せている状態になります。この状態では相手に対してだけではなく、自分もまたその迷った状態を維持するようなエネルギーを出し続けているわけで、自分や相手、そして世界全体に対して善い事は何一つありません。

一般的にいって、他人の欠点を指摘することは大変責任の大きな行為であり、普遍意識のグル(導師)と互いに合意した弟子との関係においてのみ、慎重な配慮の下で行うことが許される程度のものであると言うことを銘記しておいて下さい。この事は別の捉え方をするなら、日常生活の中で他人を判断したり批判したりすることを控えて、そのような衝動をもたらす習慣性を心の中から取除いていくことが、正しくものを観るための第一歩であり、霊的な向上にとって確実な効果がある方法だと言えます。

もしも自分の心の中に映し出されている相手の印象に、何らかの否定的な部分が見えたり、相手が自分より劣っているように感じたとすれば、それは見る人の心の中にそれを知覚させるような分離の波動が生じているわけですから、見る人自身のバイブレーションが下がっていることになり、真実を観ていない状態であることに気付かなければなりません。

私はまだまだ自我意識に囚われている事の方が多いのですが、こうして書き出していると自分の思考の癖に気付くことができ、ありがたいです。




アマゾンの広告は購入しやすいように張ってあるだけで、当方との利害関係はありません。
posted by ウーロン at 01:22| Comment(0) | 記事
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。