2013年06月30日

黎明「霊的向上の方法と瞑想」4

今回もまた黎明「霊的向上の方法と瞑想」の章を抜粋です。

意識を瞑想に持っていくには、自我意識の働く仕組みを良く理解しておくことが大切です。瞑想を始めようとする時に、ほとんどの人達がぶつかる問題のひとつは、止めどなく湧き上がってくる雑念にどう対処するかということですが、この時に気を付けて頂きたいのは、雑念をなくそうと努力してはいけないという点です。
なぜなら、雑念をなくそうと努力しているときには、その雑念に意識を合せ続けているわけですから、ますますエネルギーが注がれることで雑念はどんどん大きくなっていき、収拾がつかなくなるからです。これは丁度、眠れない時に眠ろうと努力すればする程、眠れなくなることと同じです。
焦りや、自分の意識状態に対する否定的な想念は自我に属するものであって、こうした想念を持つこと自体が、自我の動きを活性化させることに気付いて下さい。もし雑念を払いのけようとすれば、その人の心は雑念に対する否定的な想念で支配されるようになりますから、この分離感が普遍意識の展開を妨げると言う、自縛の罠ができ上ってしまうわけです。
それではどうすれば良いのかと言うと、雑念を「無視する」のです。この時に充分注意して頂きたい点は、「無視する」という態度は、雑念を否定すると言う意味ではないと言う事です。否定すると言う事は雑念の存在を認めて、それを排除しようとする心の動きですから、この心の葛藤が自我そのものの働きになってしまうわけです。「無視する」という態度は、どんな雑念が起ってきてもそれを気にすることなく、ただ眺めていれば良いと言う意味で、それについてあれこれ考えたり、判断したり、抵抗したりせずに放って置くと、元々自我の心が造り出した実体のないものですから、エネルギーの供給がなくなると雑念は自然に消えて逝きます。
この過程はあくまで自分の心を客観的に観ている状態で行われるものであり、心の動きに意識が完全に囚われて、主観的に見ている状態を野放しにすると言う事ではありませんから、後者の状態に填っている事に気付いたら、前述したように意識の焦点を引き戻します。


私は普段の生活でもなるべく雑念を観察するよう勉めていますが、なかなが大変な事です、相手が自分ですからやりがいあります。(おっと分離意識ですね。)



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posted by ウーロン at 15:17| Comment(0) | 記事
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