2019年12月03日

感情のワーク


今週は、レナード・ジェイコブソン著 「今この瞬間」への旅に載っている感情のワークについて書いてみます。

感情を伴わない思考は観察しているだけで、おおよそ沈黙する事が多いかと思います。
感情を伴う思考は、自分自身がそれと同化してしまい、強く受けた感情なら尚更いつまでもその事について思考し、なかなか手放せなくなる事が多いのではないでしょうか。

心が揺らぐ事は何んらかの感情が伴っているので、その感情があると気づいて、その感情を持っている事を認めて、その感情を観察していければ、段々とその感情が治まってくる感覚が最近分かるようになってきました。

その前に、まだ自分の内にある解放しきれていない、怒りだったり、悲しみだったり、恐れだったりを手放すワークの方法が、「今この瞬間」への旅に載っていて、自分にはこれがなかなか良かったのでブログに書いてみます。

怒りの感情の場合、だれもいない一人の時に、怒りを口に出してボロクソ言う。という方法。
基本フレーズは「わたし(俺)はとても怒っている」で、その後は色んな事を思い出したりしてできるだけ怒りまくる。

そうしていると、だんだん笑えてきて。すごーく開放された感が体験できます。
「今この瞬間」への旅では、これを『怒りの瞑想』という呼び名で最低1ヶ月間は毎日する事をススメています。

自分はたまにこの『怒りの瞑想』をやりますが、知らず知らずにたまった感情が解放されて気持ちが良いです。

悲しみの感情も同じように、誰もいない一人の時に、思い出してワンワン泣いていると次第に笑えてくるので、解放しきれていなかった悲しみも洗い流す事が出来ます。

いつまでも不要な感情が心に残っていると、その感情について思考が働きだし、『今この瞬間』に留まって居なかったことに気づきます。

ですので不要な感情が自分の内にあるならドンドン手放していくしか無いのです。

たいがい不要な感情と言うのはネガティブな感情がほとんどなので、そういう感情をいつまでも持っていれば身体の不調として表れて来る事もあるそうです、ですので不要な感情を手放して行く作業は健康面でも理にかなっていると捉えています。


今週はヨガワークスのFBが更新されていませんでしたので、ヨガスクールの様子はオアズケです。


今週の記事は以上です。

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2019年11月26日

過渡期


今週は今自分自身の内側に感じている変化を書いてみようと思います。

先週、「思考が停止出来ている時間が多くなってきました。」と書きました、この思考の停止についてです。

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今年2月に、レナード・ジェイコブソン著 「今この瞬間」への旅の記事を書きましたが、その頃は思考や感情とほぼ同化して日常をおくっていました。9ヶ月たった現在、明らかに思考が停止し易くなってきている実感があります。

普段何気ない時間に、思考している事に気づけるようになってきて、気づいた瞬間に思考は沈黙。そしてまた思考のおしゃべりが始まり、そしてまた気づき、思考が沈黙。

こんな感じで、だんだん意識的に『今この瞬間』に居られるようになってきている感じです。(『今この瞬間』とは、思考が沈黙している状態。)


レナード・ジェイコブソン著 「今この瞬間」への旅のP52〜P53には、

時折、住む家(思考)を離れて「今、この瞬間」を訪れても、あなたはそこに長く留まることはできないでしょう。それはまるで、あなたに取り付けられた架空のゴムバンドがあなたを素早く「今、この瞬間」から、過去と未来のマインドの世界に引き戻すかのようです。

しかしながら、実在に深く存在し「今、この瞬間」により根をおろすにつれ、また、マインドにより意識をもたらすにつれて、ゆるやかなシフトが起こり始めます。その架空のゴムバンドが伸びて緩くなり、あなたはより多くの時間を「今、この瞬間」で過ごしているのに気づくでしょう。エゴはあなたにすぐに帰るように強要しなくなります。

マインドとエゴの、このくつろぎと降伏が警告や通達もなく一日中続くと、あなたの家はマインドの世界から実在の世界にシフトします。今やあなたの家は「今、この瞬間」にあるのです。・・・・・

このシフトが起きると、あなたは人生における重要な変容を遂げます。今やあなたは目覚めています。あなたは「今」という世界にある、あなたの本当の家にいるのです。

と、記されています。

今自分はこの本で言うところの、架空のゴムバンドが伸びて緩くなってきている状態で、思考が沈黙した「今、この瞬間」に留まっていられる時間が増えてきていて、目覚める過渡期にあるのでは。と感じています。過渡期がどれだけの期間あるかは分かりませんが...。笑

意識せずに多くの時間を思考が沈黙してる状態でいられるようになれば、一瞥体験も近いのではないかと思うのです、それが楽しみです。



さて、先々週のヨガワークスTTの様子。

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体の機能的変異や構造的変異を観察して、アーサナをとる際に的確なアドバイスをする為の練習。写真はヨガワークスのFBからお借りしています。


本気モードの目覚めへの歩みと、ヨガスクール、そして仕事。今すごく充実していて一週間が早いです。


今週の記事は以上です。

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2019年11月19日

『在る』と言う感覚


先週のつづきで、

中野真作著 「私」という夢から覚めて、わたしを生きる

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読み終わりましたので、少し書いてみようと思います。


この著者は20代前半に一瞥体験をされた方で、それからの人生の内なる探求を綴った本です。

著者の体験を踏まえて、感情の向き合い方や感情を手放し統合していく方法など、今生での解脱を目指している方はもちろん、自分の感情に振り廻されて辛い方などにおすすめできる本です。



少し自分自身の事を書いてみますと、最近、思考が停止できている時間が多くなってきており、思考が停止している時の、”ただ在る”と言う感覚が以前よりも増して感じられるようになってきました。

この”ただ在る”という感覚は、10年位前に瞑想に凝っていた頃『これか!』と感じ取ったものと同じ内なる”意識”そのものです。

それから葦原瑞穂著『黎明』に出会い、その内なる”意識”を”普遍意識”という言葉で詳細に記していて、衝撃を受けた事は今でも忘れません。


この”在る”という感覚が自分の内に存在しているのが当たり前になっていたので、この感覚をつかめている人が自分の周りにはいないという事に気づけていませんでした。

今通っているヨガスクールで、ヨガ哲学のディスカッションの時間に、この”在る”感覚を伝える事がとても難しい。

ヨガ・スートラではこの”在る”にあたるものを”見る者(プルシャ)”と言う表現で記してありますが、頭で考えてどうにかなるものでもないだけに、みんなと共有できない事を残念に感じました。

思考は通常ほとんどの時間働いている事が多く、瞑想などしてみると分かりますが、思考を止める事が難しく感じるはずでして、数秒なら簡単に思考を止める方法があり、息を吸ってから無理のない程度に呼吸を止める、というものです。

試しに家内にやってもらい、その瞬間”在る”と感じられたか尋ねても、感じ取れないみたいでして...。

”無”が”在る” とか ”空(くう)”が”在る” という感覚。
実際なかなか言葉で伝える事は難しいと分かりました。


ちなみに瞑想時、思考について良い悪いの判断せずに、ただ思考を観察していくことは思考を鎮める方法の一つですが、思考を観察しているのは”誰”か?、思考が沈黙しても尚、観察し続けているのは”誰か?と自分に問う事も内なる”意識”に気づくヒントになると言われています。



感情が湧いてきた時、その感情と同化せずに、感情を正面で受け止め、ただただ観察していく、これが感情の浄化(統合)の作業になると著書に記されていまして。

並木良和さんの統合の方法より、自分はこちらの方が向いているみたいで、最近はこの方法で感情を手放す作業をしています。

しかし冷静に感情を観察できる時と、まだまだそうできない時も多くあり、湧き起ってくる感情は自分の内にその感情がある事を教えてくれているので、その感情を正面で受け止め手放す作業を続けていきます。



今週の記事は以上です。

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2019年11月12日

「私」という夢から覚めて、わたしを生きる


今週もヨガスクール(3日目)の様子から....

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四つん這い時の背骨のニュートラルや、手でマットをしっかり踏む事による肩甲骨周りの違いを確認。

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ヨガスートラに書かれている”無知とは”とか、プルシャ(見る者)、プラクリティー(見られる者)についてみんなで深め合う時間。

写真はヨガワークスのfacebookからお借りしています。

先週はスクールが終わってからも、LINEグループでみんなとヨガスートラについて理解を深めあっていました。

ちょっと前にOUTLANDでNana先生が、「輪廻転生があると思う人」と質問した際に、クラスの半数の人が手を上げていてたのに対し、ヨガスクールの参加者は12人中11人が輪廻転生があるとの認識でした。まあヨガスートラを勉強すると必然的理解できるわけですが...。

ヨガスートラにある、サマディ(悟り、解脱、目醒め)の話をしていると、お一人、自分と同じような方がいらっしゃいまして...。
アセンションの話で盛り上がり、書籍『黎明』をお勧めしたり、青山圭秀氏の著書を教えてもらったりで。ヨガスクールに行く楽しさ倍増になりました。

なんだか引き寄せてる感、半端ないです。笑



さて、今週はもう一つ、今読み途中の『「私」とい夢から覚めて、わたしを生きる』と言う本。

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最近買う本は、サマディ(悟り、解脱、目醒め)に至る為の本ばかりになっていまして...。

ヨガスクールの宿題もやりつつ、今、真剣に取り組まなければならない課題にもしっかり向き合っているわけですが、この本からも幾つか”気づき”を頂きました。

読み終えたら、また記事にしようと思います。


今週の記事は以上です。

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2019年11月05日

ヨガ・ワークスRYT200 2日目


今週もヨガスクールの様子から...

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ワタクシ、決して悪いことをして立たされているのではありません。笑

仲間のポーズを見て、脚、腰、肩の使い方が間違っていないかの確認しあい見る目を養う練習。
先生からの指摘でタダーサナの自分の癖が分かりました。


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こちらはアド・ムカ・シバナーサナ(ダウンドック)
かかとをマットにつけようとしているので、背中が今一伸びていない、かかとをつくより背中の伸びを優先させるようにと、教わりました


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手と足の間隔をあえていつもより広めにしてのアド・ムカ・シバナーサナ(ダウンドック)。

写真はヨガ・ワークスのface bookからお借りしています。


アーサナを一つ一つ丁寧に行う事、やはり重要です。
アーサナは安全に入って、安全にぬける。と言うのがヨガワークスの指導方針。

今週の宿題の一つに、プラサーリータ・パドッタナーサナ(立位の開脚前屈)の指導台本を書く、と言うのがありまして、この指導台本にも安全にアーサナに入って、安全にぬける為の指示も盛り込む必要があります。

こうして勉強していると、自分自身のケガも少なくなると感じました。



さて今週は、前々回記事にしたヨガ・スートラの重要な箇所と同じ事が記されている書籍『黎明』の一部を抜粋してみます。


『黎明』下巻【霊的向上の方法と瞑想】の章

自分の感情の動きや思念の働きを静かに眺め、それに介入しようとはせずに、あたかも第三者が看ているかのように、自分の心が外界の様々な出来事に反応している様子を観察していきます。前途しましたように、日常生活では大抵の人が外の世界の出来事を現実と受け止め、それに主観的に関わっていますから、自分の見ている世界の出来事に「はまってしまう」習慣ができあがっています。・・・・・・外界に対する反応が止んで心は鎮まり、その透明な心を通して、真理そのもので在る普遍意識が展開するように成ります。


結局のところ、日常生活において様々な出来事により、自分自身の感情や心の変化に気づいて、それと同化せずにいること。これが重要で。何度この事をブログに書いたか分かりませんが、自分自身いまだに同化しっぱなしなわけでして.....。ただ同化してる事を捉えられるようには成ってきているので、それをすぐに手放なせるよう目下修行中です。

その次に、感情や心、思考を完全にコントロール下に置くこと。これが当面の目標です。

パタンジャリはこれらを『ヨガ』と言っている訳けでして、自分は日常においても『ヨガ』していると言いきれます。


今週の記事は以上です。

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2019年10月29日

ヨガ・ワークスRYT200時間トレーニング


楽しみにしていた200時間ヨガスクールが先週から始まりました。

初日なので自己紹介から始まり、アーサナの練習、ヨガ哲学、解剖学や、タダーサナ(山のポーズ)のティーチング練習等を行いました。

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写真は yoga works の facebook からお借りしました。


今回一緒に参加される方は12名で、その内4名はヨガのインストラクターをしている方で、さすがに初心者はおりませんで、みんな基本はできていると言った印象でした。

アーサナ(ポーズ)の練習では、初日から壁を使ったハンドスタンド(アド・ムカ・ブリクシャーサナ)の練習をしたりと、レベルの高さが伺えました。
踏みきる足も左右行い、普段と逆側の足で上がるのは難しかったです。

それとティーチング、めっちゃ難しい!
アーサナの基礎とも言えるタダーサナ(サマスティティヒ)は両足を置く位置、地面を踏むポイント、くるぶし、内太もも、骨盤、肩回り等、動かす向きを的確に指示しなければならず、いざやってみると思うように言葉が出て来ませんでした。

あと19回ありますから、まーどうにかなるかな?

宿題も出ますし、アーサナの名前も憶えていかなければならないので、それも大変。

でも好きな事ですので、しっかり自分に落とし込んでいこうと思います。


今週の記事は以上です。

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2019年10月22日

ヨガ・スートラ


ヨガ(ヨーガ)の200時間スクールの課題図書の一つ『インテグラル・ヨーガ』読み終わりました。

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賢者パタンジャリ・マハリシによって説かれた『ヨーガ・スートラ』は、ヨーガの中で筆頭にあげられる経典である。ヨーガの思想を慎重にまとめて弟子たちに解説したのがパタンジャリで、彼が解説するのを弟子たちは、ある種の速記をするように手短に書き留めた。それが後に『スートラ』と呼ばれるようになったのである。

とパタンジャリのヨーガ・スートラについて記された後、具体的なスートラの解説が書かれていました。

スートラの中でも重要なものは2つ。

一つ目は、

『心の作業を止滅することが、ヨーガである。』

心の作用(はたらき、諸状態)の止滅が成し遂げられたならば、その人はヨーガの最終目標に到達した事になる。・・・ヨーガ科学の全体が、この一点に立脚している。


二つ目は、

『そのとき、見る者【自己】は、それ本来の状態にとどまる。

あなたはまぎれもないかの〈見る者〉である。あなたは身体でもなく、心でもない。あなはた〈知る者〉すなわち〈見る者〉である。あなたはいつも、自分の心と身体が眼前で行為しているのを見る。あなたは、心が、思考を、識別を、そして欲望を生み出すことを知っている。見る者はそれを知っているが、それに巻き込まれることがない。

『ヨーガ・スートラ』は上記二つのスートラがメインでその他のスートラはそれをより細かく説明するものとなっています。


と、ヨーガ・スートラも『目醒めの為の経典』という事が分かります。

まあ、本質的にそれしかないのであたりまえと言えばあたりまえの事なんですけどね。

ヨガと言うとアーサナ(ポーズ)が主体になってしまいますが、本来ヨガとは目醒めるたものもので、アーサナはその過程としての一部分ということもハッキリ分かってきました。


個人的には、『ヨーガ・スートラ』より『「今この瞬間」への旅』の方が理解しやすいですし、スーット自分の中に入ってくるような感じがします。

とは言っても、目醒めの為の経典だけあっていくつか気づきも得られましたし、読むことが出来て良かったです。


さて、今週から200時間ヨガスクールが始まります。メッチャ楽しみです。


今週の記事は以上です。

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2019年10月15日

目覚めの催促


数日前にも大きい台風が来て日本列島に甚大な被害をもたらしました。

この辺りは幸いにも前回の15号程ではなかったものの小学時代の学区内で竜巻の被害がでて、映像で見てもひどい状態で、特別平らな地形でも無いのに、もういつどこでどんな事が起きても不思議じゃない時を向かえているんだと、実感したのであります。

並木さんの動画では2020年頃まで動乱の時期と言っているだけあってホントその通りだと思ったわけです。


それで自分が今やらなければならない、目覚める為に真剣であることの重要性を身に染みて感じました。

人の想念というのはすごいパワーを持っている事は理解していますので、例えば争いの絶えないような感情を多くの人が抱いていたとすればその集合意識はいつしか戦争という形になって表れてしまいますし、多くの人が常に穏やかな心持ちで在れば必然的に平和な世の中となります。

多くの人(特に自分の事ですが)は、まだまだ自身の思考や感情をコントロールできずに、気づけば思考にどっぷりつかり、チョットした事で感情が高ぶったりで、『今この瞬間』に留まり続ける事がまだまだ出来ていないと思うのです。

本当の平安とは、思考や感情に左右されず、それを超越した静寂のなかにあるこの意識と自分が同化し、さらには自分と認識しているものが消えて、ただある意識の状態が訪れた時、それはもう愛そのもので、本当の平安であって、目覚めであるわけですが、多くの人がこのシフトの時期を迎えていると、並木さんにしても、『黎明』や『今この瞬間への旅』、『ニュー・アース』等多くの書籍がそれを事象しています。

ですので今回の台風も地球からの目覚めへの催促だととらえて、目覚める為により真剣にならなければならないと感じた次第です。


今週の記事は以上です。

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2019年10月09日

瞑想的にアーサナを行う


今週はヨガの記事です。

昨日はYuuki先生のYOGに参加してきまして、バカーサナのアドバイスを頂き、腕を伸ばしたバカーサナが綺麗に出来るようになりました。

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腕を伸ばすと、ひざをひじに引っ掛けられないのでお腹を引込む力が必要になってきます。
Yuuki先生が写真を撮ってくれまして、我ながら綺麗なバカーサナが出来ていると思います。
次の課題はひざを脇の下に近づけられるともっと良くなるかと....。


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200時間TTでしばらくクラスに参加できなくなってしまうという事で、都賀コミのみなさんと一緒に集合写真。




それから『アイアンガー心のヨガ』まだ読み途中ですが、印象に残る言葉が記されていました。

  「瞑想的にアーサナを行う。」

集中し体の色々な部位に意識を向けながら一つのアーサナをとっていると、思考が沈黙し「今この瞬間」にいられます。


逆に「今この瞬間」に在りながらアーサナを行う!っていう方がハードルは高いけど今の自分に課せられた課題のように感じました。(まっ、自分が自分に課しているんですけど...。笑)


先達の方々はヨガをやっているいないに関わらず目醒めているいる方は多くいらっしゃるわけでして、ですが本やネットから読み取れるのは多くの方は瞑想をしているようですから、「瞑想的にアーサナを行う。」重要ですね。



今週の記事は以上です。

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2019年10月02日

アイアンガー心のヨガ


今週はヨガの記事です。

ヨガ200時間TTの宿題の一つとして『アイアンガー心のヨガ』の第一章まで読む課題が出ていて読んでいましたら、

「そうそうこれこれ!」と感じた、ヨガの本質である『目覚め』にアーサナがどう関わっているのか垣間見える一文が記されていました。


少し抜粋しますと....

精神的悟りとは、聖なる核を探すときに目指す、我々一人ひとりの中にある目的地のことである。聖なる核は万人の中に存在するが、目に見えない深いところに隠れている。したがって我々が出かけるのは、はるか彼方の聖杯を求めて外へと向かう旅ではなく、我々の内奥にある核がおのずと姿を現す内なる旅である。
ヨガの賢者たちは、人間の奥底に存在する神の姿を明らかにする方法を見つけるために、まず肉体から始め、心と知性に進み、最後に魂へと至る道筋に沿って、幾重にも重なる人間の相(コシャ)を探求していった。ヨガの旅は人間の一番外側の部分、すなわち肉体から、中心部分である魂へと我々を導いてくれる。内なる神性が透明なガラス越しに輝き出すように、さまざまな階層を一つにまとめることが、この旅の目的である。


と記されていて、この本もこの時期に読むべく手にした本なんだな〜と感じました。

自分の内側に在るこの感覚に意識を置き、ヨガの200時間TTを受講して、本当の意味でヨガというものが理解できるんじゃないかと思うと、ワクワクするのであります。

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この三冊は200時間TTの課題図書。

『ハタヨガの神髄』はアーサナの辞書的な本で、写真も多く、凄いの一言。

『インテグラル・ヨーガ』はパラパラ読みした感じでは、ヨガ哲学として有名なヨガスートラの解説本のような印象。

どれも少しずつ読み進めていこうと思います。


今週の記事は以上です。

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